それから幾日かたち、あの苦しみの記憶もようやく時間の波に拭い去られようかというある日のこと、
筆者は、高川先生がイベントのため上京するということを知らされた。
イベントの前日が暇だというので東京の名所にお連れすることになったのだが、さて、筆者は考え込んだ。
高川先生はちょっとやそっとの場所に連れていっても驚かないだろう、さて、どうするか、
…東京の名所、…東京の名所、…東京の名所…、…東京といえば……あっ、あれだ! モンゴルラーメン!
(←かなり間違っている気がする。因みに、
…名古屋の名所、…名古屋の名所、…名古屋の名所…、…名古屋といえば……あっ、あれだ! マウンテン!
、という間違った応用も…)
というわけで、再び、死出の旅へと出立することにあいなったのであった。
忘れかけていたあの苦しみの波が喉元までこみあげてくる。
それと同時に、また一人、犠牲者の苦しむ姿を見られるという暗い喜びの炎も(笑)。
とうとうその日がやってきた。高川先生がやってきた。
このたびの筆者はモンゴルの魔王に立ち向かう、向こう見ずな若き挑戦者ではない。
草原の魔王に生贄を差し出すための魔王の手先として、地獄めぐりの案内人として、
純粋な心を売り渡した(?)悪魔としてやってきたのだ。
これから繰り広げられるであろう地獄絵図を思い浮かべ、笑みさえ浮かべる余裕シャクシャクの筆者。
あの真っ白な丸ごとの脳みそ。
冷たく、そして生ぬるい丸ごとの脳みそ。
恐るべき臭気を漂わすあの脳みそ。
思いだすだに身の毛もよだつあの脳みそ。
どすグロい脳みそ思い出の数々。
…あれを見たらいかな高川先生でも腰を抜かすに違いない。
ふはははは、思い知るがいい!(いや、べつに高川先生に恨みはないんですけどね)
またもや地獄の切符が音もなく切られた。切符の行き先はもちろん
脳みそまるごとラーメン1200円
モンゴル人の店員がその食券をとりにくる。
待つこと数分。
ひげの太った店長自らの手によって、どんぶりが運ばれてくる。
あの大きさは間違いない、丸ごとの脳みそをさえ浮かべることの出来るでかいどんぶり。
興味津々、高川先生の目が輝く。数秒後にはその目が驚きに丸くなるに違いない。
さあ、いよいよだ! 驚け、驚くぞー。
カタリ
どんぶりがおかれた。覗きこむ筆者、高川先生。
「なんじゃこりゃーー!!」(筆者)
いやはや驚いた。
違った。出てきたものが前と違うのだ。
確かに、どんぶりの真中には丸ごとの脳みそが浮かんでいたのだが、
その色は白ではなく、褐色というか、マッシュルーム色であり、
全体に引き締まった感じがし、ましてや、赤い海藻のごとき血管など一筋だに見当たらなかった。
「???」
呆然となった筆者を尻目に、早速、脳みそに箸をつける高川先生。
高川 「あー、うまいうまい」
などとのたまいおった。
筆者 「そんな馬鹿な!」
急いで箸をつける筆者。冷た……くない! 熱いくらいだ(怒)!
くたくた、と不思議なショッカンの白子のごとき食べ物。そう、それはまさしく食べ物であった。
おかしい! 食べ物のわけがない!
まったく臭くもない! あの凄まじいばかりの羊臭はいったいどこに!?
あの無法の末世を思わせるがごとき、
滅び行く世界にはもうこれしか食べるものがないんだよ、と言われても食べるのを拒むだろう、
むしろ世界と共に滅びるのを選ぶだろうような、あのブッタイは……??
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それじゃあ、俺が先だって食ったモノは、いったいナンだったんだ!?
ハッと気づいて厨房をふりかえる。そこにはあのひげの太った店長(日本人)。
よくよく思い出してみれば、前回来た時、店長の姿は店になかった。
替わりに、あの時、あの厨房には、あのモンゴル人の店員が立っていたのだ!
王、枚、ゴッド……。
なんてこった。やつは脳みそを調理せず、冷蔵庫から出したのをそのままのっけやがったんだ。
あるいは、
モンゴルでは羊の脳をナマで食うとでもいうのか…!?
あまりの衝撃に、それ以降の記憶はない。
クレームをつけるのも忘れて、店を出てきてしまった。
おそらく、日本全国で「羊の脳みそ」を丸ごとひとつ、しかもナマで食った人間は十人とはおるまい。
本当に貴重な体験をさせてもらったものです。あははははは(涙)。
数ヶ月後、店の前を通ったら、潰れてた。
おしまい。
※ この話はノンフィクションです。実在の人物、団体名などに、おおいに関係があります。
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