脳 髄 地 獄
 




 99年か、2000年か、そのあたりの世紀末のことである。

場所は東京の大塚。大塚には筆者(醍醐)がよく世話になったライブハウスがあった。

今回の話はそのこととはまったく関係無く、そのライブハウスの近くに、知る人ぞ知る隠れた名店、東京の穴場があった。

名を「チンギスハンラーメン」という。友人たちのあいだでは「モンゴルラーメン」のあだ名で親しまれていた。

その名で皆さん、おおよそ察しはつくと思うが、それはまさにモンゴルを売りにしたラーメン屋だった。




モンゴル??




 読者のみなさんは、おそらく、いぶかるだろう。

モンゴルといえばはるかな青い空の下に広がる大草原、自由に馬を駆る遊牧民、

彼らに追われる白い羊の群れ、点在する白いパオからろうろうと立ち昇るかしぎの煙。

美しき自然の国(イメージ)、モンゴル。




そこまではいい。

だが、…ラーメン? モンゴルとラーメンラーメンとモンゴル…

なんとなくゆでたまご的にはつながりそうだが、実はあまりつながりがない、この両者の関係を

筆者も当然、いぶかり、不審に思った。

そこで、日頃の「悪い虫」がなんとなくうずき、どうしても自分の足で確かめなくてはならない気分になった。

この「悪い虫」のせいでいつも筆者は、のっぴきならない人生の苦渋をなめることになるのだ。

わかっている。

わかっているのだが、そうと知りつつ悪夢を繰り返そうとするのは、フロイトのいうところのタナトス願望であるのやもしれぬ。





 その小さな店を、最初は一人で訪れた。

モンゴルの大きなテント、「パオ」をイメージさせるつくりの店先、その壁の一隅には、雑誌の切りぬきが貼ってあった。

それはこのモンゴルラーメンの紹介記事で、ひげを生やしたふくよかな店長の写真と、やせた店員の写真があり、

やせた店員の写真の下には、

「モンゴル人も働いています」

と注意書きがしてあった。

店に入ると「いらっしゃい」と写真で見た顔。

それは太ったひげの店長で、彼は言動からして日本人だった。モンゴルは彼の趣味なのだろう。

壁にはモンゴル人の衣装が大きく掛けられ、弦楽器などのモンゴルグッズが店のそこかしこにおいてあったように記憶している。

まさにモンゴル一色


 …と、一瞬思ったが、よくよく耳をすませば、なぜだかしらんがBGMがブラジルのボサノバだった。


客はあまりいなかった。

その日は順当に、チャーシュー麺を頼んだ。ものはすぐに仕上げられて出てきた。

なるほど、モンゴルラーメンたるところの理由の一端はチャーシューにあった。

チャーシューがなのだ。羊肉のあの独特の羊くささは抜いてあり、とんこつしょうゆベースの、わりとうまいラーメンだった。

筆者はモンゴルラーメンを食した感慨を胸に、店を、出た。



 






 …さて、これで終わりではナンの話にもならない。実は今まで筆者がおし隠していて話さなかったことがある。

実はこの店の、モンゴルラーメンの真髄は、こんな羊チャーシュー麺ごときものではないのだ。

雑誌の切りぬきのモンゴルラーメン紹介ページの見開きの上に、

店の一番目立つところに、

食券機の最上位に、

鎮座おわしますのはなんとその名も、



「羊の脳みそまるごとラーメン \1200」


泣く子は黙り、かよわい女の子は鼻をそむけ、気弱なものなら失神もしたであろう、それは、繰り返すが、



「羊の脳みそまるごとラーメン \1200」(以下、羊脳ラーメン)


この羊脳ラーメンのうわさは友人達のあいだにすでに広まっており、

先に 『友人達のあいだでモンゴルラーメンのあだ名で親しまれ…』 などとしゃあしゃあと書いたが、

友人たちは、この羊脳ラーメンのあまりのインパクトとあまりのうさんくささに、

口角に親しみこそすれ、実際には誰も訪れるものがいなかったのであった。



最初はほんの下見までに、店内を覗いた筆者であったが、

なにしろ金額も金額だし、一人で食してもあまり話のネタにならないので、

次回、生贄...友人を連れてきて、この大殿様を篭絡してやろうと、ひとり心に誓ったのであった。






 さて、どういう経緯だったかはまったく忘れたが、次にその店に行った時には寺門君と一緒だった。

やせ気味の今風な青年を想像してもらえば、彼の姿に近かろう。

多分なにも知らぬ彼を、なにも知らぬままに、なにも知らぬふりをして、連れていったのだろう。

店に入るなり、鬼の首でもとるかのように迷わず食券機の


「羊の脳みそまるごとラーメン \1200」


のボタンを押した。地獄への片道切符が音も無く切られた。

 寺門君は未だ来るべき地獄を知らなかったが、にたりと笑う筆者になにか予感を感じたのか、ひそかなおびえを見せた。

そのおびえが、興奮にふるえる筆者をさらに心地よくさせた。さあ、戦いの時が来たのだ。

テーブルにつき、食券を店員にわたす。店員…あの写真のモンゴル人だ。

やがて、しばらくののちに出てきたそのモノは、土足で、筆者の心のうちをボカボカと踏み荒らした。

疑うまでも無かった。まさしくそれは




「羊の脳みそまるごとラーメン \1200」




どこからどうみてもそれ以外の呼び名は考えようがなかった

想像してみるがいい。大きなラーメンの器、スープ、ねぎ、チャーシュー、めん、そしてその上に、

…それはまさしくいつか図鑑で見た標本の脳みそ

ホルマリン漬けの脳みそ、大人のこぶし大ほどの大きなまるごとの脳みそどっかりと、

スープの上に漬かっているのであった。思わず筆者と寺門君の口からため息がもれる。

筆者からは武者震いのため息が、

寺門君からは目も覆わんばかりの悔恨のため息が…。

「なぜおめおめとこんなところへついてきちゃったんだろう…」、とでもいわんかのよう。

筆者は胸を高鳴らせながら、そのボリューム感あふるる脳みそを箸でいじってみた。

「おや、赤い海藻が入ってる。モンゴルに海藻?」

脳みそを裏返してみれば、その赤い海藻たちは脳みその裏側から直接生えていた。……血管だった

二人の背筋に冷たいものが走る。見なかったことにして脳みそをおもてにかえした。

真っ白に濁ったその脳みその表皮には青く血管が透けて見えた。



筆者 「うおっほん(咳払イ)、見た目はなんだが、味はいいかもしれない。……とりあえず食ってみようか」



箸を入れ、その白い得体の知れぬものを口に運ぶ筆者。体を遠ざけるようにして見守る寺門君。

ぱくり。


筆者 「……」



くたくたとした触感。



筆者 「……(くたくた)……」

寺門 「どうです?」

筆者 「……うん、つめたい

寺門 「……」

 そう、こともあろうに、熱々に湯気を立てるラーメンの上に乗ったその脳みそは、たいへん冷たかった

しかもその脳みその下部はスープのあつさでぬるまっており冷たいのと生ぬるいのとで、たいへん気持ちが悪い

そしてその上、なにより、たいへん羊臭い


…見た目と寸分たがわぬ不味さ加減




「なんじゃこりゃー!」今思えば叫びながらその場で机をひっくりかえせばよかった。

だが、そのときは若気の至りか、


「もの凄い挑戦を受けた!」(←今考えると、大いに間違っている)と、思い、

その見た目もグロく、味もグロい冷たく生ぬるく激しく臭いものに、脳を痺れさせながら挑みかかった。

止まったら負けだ。黙々と箸を進める筆者。



ギネスブックには、牛乳を鼻から吸い込んで目(涙腺)から飛ばし、どれだけ飛んだか世界一を競い合う人達がいますが、

そんな人たちを端から見るようような、めずらしい珍獣を見るような、そんな目をして、

寺門君は、

自分は脳みそには箸もつけずにあたたかく筆者を見守ってくれました

 (寺門君に無理に脳みそを食わせようとする筆者。本気で逃げる寺門君。結局ひとくち食べた。)

しかし…




つらかった……。




今更、このように後日談を話すのは簡単なことだが、その時は本当につらかった

その激しいまでのまずさに、自然と目には涙さえにじんできたのである。なんの因果でこのような苦しみを受けなければならないのか?

ラーメンと呼ぶのがはばかられるようなそれを半分まで処理して、筆者は泣き言を言った。

「…た、頼む、酒を飲ませてくれ

しらふでは食いきれぬ。

要求は了承され、酒が用意されたのだが、出てきたのはこれまたただの酒ではなく、火のように強い「モンゴルウォッカ」なのであった。

脳みそを丸ごと食す、というあまりの異常な体験に、半分方壊れてしまった筆者の頭はこのモンゴルウォッカの登場によって更に暴走し、

意味も無く、

「ここはモンゴルここはモンゴル……」

などと呟き、もはや味も感じられぬ麺をすすりながら、七つの大罪よろしいこの恐怖の儀式に涙した。

さて、気がつくといつのまにか悪魔の儀式は終わっていた。からになったどんぶりが目の前に置かれていたのであった。



「ありあしたー」

モンゴル人のやる気の無い声を背に、寺門くんと筆者は店を出た。

なんという、なんという凄まじい戦いだったことだろう。

自分はこれまでウサギもたべました。ダチョウもたべました。イナゴもたべました。しかし、

あんな激しくまずいものを生まれてこの方、自分はたべたことがありません。

学生時代、スーパーで安売りされていたしゃぶしゃぶ用の肉を、安いことを理由にしたたか買い込み、友人宅でみなで鍋を囲んだことがあったが、

その肉がやはり羊の肉で、やはりあの時も激しい羊臭に全員が吐き気をもよおしたのだった。

確かにあの時の鍋の不味さも相当のものだったが、今回はその時を更に 二千倍は上回る 恐ろしい不味さだった。

そして、なんということだろう、自分がなしとげた偉業(?)のためか、それとも羊の脳内アドレナリンに侵されたか、

店を出たとたん、筆者は天にも昇るような気持ちになり、なぜだか笑いと涙が止まらなくなったのであった(完全なるナチュラルハイ)。←ナチュラルなのか?


「あはははははははははははははははははははは、あは、あはあは」


ラーメン屋から出たとたん笑いつづける筆者。

どういうわけか筆者から 遠い間合い をとろうとする寺門君。

逃すまいとする笑う筆者。逃げる寺門君。

曇った天気が、涼しく心地よい日でした。


「さ、次の店に行くよ、寺門君」

「え?」

 なにいってんの、と、狂人を見るような目で筆者を見る寺門君。

筆者はこの後の予定もすでに心に決めていました。もちろん寺門君には秘密で

筆者 「次の店だよ」

寺門 「次?」

筆者 「次は大山で羊脳カレーだよ!」

寺門 「……」

筆者 「……」

寺門 「帰ります」

筆者 「許さん!



 大山(東京)には、よくお世話になったスタジオがあったが、それとはまったく関係無く、そのスタジオの近くに

羊脳カレーを食わせてくれるインド料理屋があることを、筆者は当時の音楽相方であるY島君からきいていたので、

是非、これは羊脳はしごをせねばならない、と、ひとり心に決めていたのである。

 嫌がる寺門君を無理やりひきずって行ったところは、本場のインド人が厨房に立つ小さいながらも本格的なインド料理屋で

結果から先に言うが、羊脳カレーはたいへんうまかった

 この店の大きなカレー鍋の中で、羊脳は、細かく刻まれ、煮込まれ、微妙な くたっ とした触感を残しつつもたいへんおいしく調理されていた。

「うまい、うまいよ、むちゃくちゃうまいよー」

筆者が感動の涙にむせびながら言うと、寺門君は、

「そりゃあ、あんな地獄の後なら、どんなものでもうまく感じますよ

と、冷たく言い放ったのであったが、そういう彼もまんざらでもなさそうに、羊脳カレーをぱくついていた。

われわれ二名はその日の厳しい連戦を戦い抜いたけだるい疲労と、達成感と安堵感でたいへん満足な気分だった。(筆者だけか?)

心の中の悪い虫もようやくおさまったようだった。

この満足感はしばらくのあいだ続いた。後日、衝撃的な真実を知ることになる、あの時まで。


 





 それから幾日かたち、あの苦しみの記憶もようやく時間の波に拭い去られようかというある日のこと、

筆者は、高川先生がイベントのため上京するということを知らされた。

イベントの前日が暇だというので東京の名所にお連れすることになったのだが、さて、筆者は考え込んだ。


 高川先生はちょっとやそっとの場所に連れていっても驚かないだろう、さて、どうするか、

…東京の名所、…東京の名所、…東京の名所…、…東京といえば……あっ、あれだ! モンゴルラーメン!


(←かなり間違っている気がする。因みに、

…名古屋の名所、…名古屋の名所、…名古屋の名所…、…名古屋といえば……あっ、あれだ! マウンテン!

、という間違った応用も…)



 というわけで、再び、死出の旅へと出立することにあいなったのであった。

忘れかけていたあの苦しみの波が喉元までこみあげてくる。

それと同時に、また一人、犠牲者の苦しむ姿を見られるという暗い喜びの炎も(笑)。





とうとうその日がやってきた。高川先生がやってきた。

このたびの筆者はモンゴルの魔王に立ち向かう、向こう見ずな若き挑戦者ではない。

草原の魔王に生贄を差し出すための魔王の手先として、地獄めぐりの案内人として、

純粋な心を売り渡した(?)悪魔としてやってきたのだ。

これから繰り広げられるであろう地獄絵図を思い浮かべ、笑みさえ浮かべる余裕シャクシャクの筆者。

あの真っ白な丸ごとの脳みそ

冷たく、そして生ぬるい丸ごとの脳みそ

恐るべき臭気を漂わすあの脳みそ

思いだすだに身の毛もよだつあの脳みそ

どすグロい脳みそ思い出の数々。



…あれを見たらいかな高川先生でも腰を抜かすに違いない。

ふはははは、思い知るがいい!(いや、べつに高川先生に恨みはないんですけどね)

またもや地獄の切符が音もなく切られた。切符の行き先はもちろん




脳みそまるごとラーメン1200円




モンゴル人の店員がその食券をとりにくる。

待つこと数分。

ひげの太った店長自らの手によって、どんぶりが運ばれてくる。

あの大きさは間違いない、丸ごとの脳みそをさえ浮かべることの出来るでかいどんぶり。

興味津々、高川先生の目が輝く。数秒後にはその目が驚きに丸くなるに違いない。

さあ、いよいよだ! 驚け、驚くぞー

カタリ

どんぶりがおかれた。覗きこむ筆者、高川先生。

















「なんじゃこりゃーー!!」(筆者)







 いやはや驚いた。

違った。出てきたものが前と違うのだ。

確かに、どんぶりの真中には丸ごとの脳みそが浮かんでいたのだが、

その色は白ではなく、褐色というか、マッシュルーム色であり、

全体に引き締まった感じがし、ましてや、赤い海藻のごとき血管など一筋だに見当たらなかった。


「???」


 呆然となった筆者を尻目に、早速、脳みそに箸をつける高川先生。


高川 「あー、うまいうまい


 などとのたまいおった。


筆者 「そんな馬鹿な!」


 急いで箸をつける筆者。冷た……くない! 熱いくらいだ(怒)!

くたくた、と不思議なショッカンの白子のごとき食べ物。そう、それはまさしく食べ物であった。

おかしい! 食べ物のわけがない! 


まったく臭くもない! あの凄まじいばかりの羊臭はいったいどこに!?

あの無法の末世を思わせるがごとき、

滅び行く世界にはもうこれしか食べるものがないんだよ、と言われても食べるのを拒むだろう、

むしろ世界と共に滅びるのを選ぶだろうような、あのブッタイは……??




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





それじゃあ、俺が先だって食ったモノは、いったいナンだったんだ!?

 ハッと気づいて厨房をふりかえる。そこにはあのひげの太った店長(日本人)。

よくよく思い出してみれば、前回来た時、店長の姿は店になかった。

替わりに、あの時、あの厨房には、あのモンゴル人の店員が立っていたのだ!



王、枚、ゴッド……。



なんてこった。やつは脳みそを調理せず、冷蔵庫から出したのをそのままのっけやがったんだ。


あるいは、


モンゴルでは羊の脳をナマで食うとでもいうのか…!?







あまりの衝撃に、それ以降の記憶はない。

クレームをつけるのも忘れて、店を出てきてしまった。

おそらく、日本全国で「羊の脳みそ」を丸ごとひとつ、しかもナマで食った人間は十人とはおるまい。

本当に貴重な体験をさせてもらったものです。あははははは(涙)。


























数ヶ月後、店の前を通ったら、潰れてた


おしまい。








※ この話はノンフィクションです。実在の人物、団体名などに、おおいに関係があります。





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