Atanor


words & music & arangement by Daigo KOTAKI



 太陽の車輪が落ちる。夜がやってくる。仕事に出かける時間だ。

街灯に灯をともすのが彼の仕事。ランタン、火付け棒、それから小さなサックを背負う。

長く伸びる影がただ一人の仲間。

男は最初の街灯に灯をともす。彼の影は慌てて彼の背後に逃げる。その上を見知らぬ人々が通り過ぎてゆく。



 かつて男は炎のなかに夢を見ていた。彼だけの美しい夢を。

彼の心は楽園の花々で充たされ、火花は高く舞い上がった。

けれどもそれも、突然の風に吹き消されてしまった小さな炎。



 
人々はわざと夕べの顔を見ようとはしない。まるで早すぎる夢を見るかのように考え込んでいる。

街はその様相を変え、力強く、けれどもどこか悲しい。影深い大聖堂の前、彼は振り返った。

美しく、熱心な聖歌が聞こえてくる。円蓋にこだまするその歌は、救いを求める人々の一途な祈りだ。


   「神の小羊よ、永遠の安らぎを与えたまえ。

    絶えざる光を輝かせたまえ。

    いと高きところにホサナ」



しかし、その救いのなんと高く、遠いことか!


   「……哀れみたまえ、憐れみたまえ……」




 彼の歩みは夢から覚めたもののように軽い。

彼は知っている。自分の仕事も、どんな行為も、無意味だろうことを。

様々な夢の車輪が彼のまわりを過ぎ去った。あらゆることが無意味なのだ。


 今や彼は炎のなかから、瞬間瞬間、力のほとばしりを受け取る。それは純粋で、高貴で、荒々しく、あざやかなもの。

それはうねり、ふくらみ、ゆらぎ、消え去る、そんな言葉以上のもの。

そこには「意味」はない。だが「生命」がある。彼にはそれで十分だ。


日は落ちて、夜に抗う光、ひとつ、ふたつ、みっつ、と灯り、やがて彼をひとつの「存在」の元へと結びつけてゆく、無知なままに。


男は街灯に灯をともす。彼はそれを続ける、いつまでも…。